極楽せきゅあブログ

ときどきセキュリティ

ハードボイルド

その朝やってきた依頼人は、かつては上品だったであろうことを容易に推測できる老婆だった。
「あたしのサイトにCGIを入れるというのですよ」
彼女は静かに話し始めた。
「で、おれにその会社の技術力を調べてくれと?」

「お金はあまりお出しできません。そのサーバー管理会社に毟り取られてしまいました」
「というと?」
「あたしはそのサイトで小さな商売をやってました。といってもWebは便利ですからねえ。世界中と取引ができてそれはもうたくさんのお客さんに喜んでいただいてたんですよ」
「何の商売を?」
「お客様のお話をお聞きして、あたしが選んだ古本をお買い上げいただいてたんです。『お話』を売る商売とでも言うんでしょうか?今はもう紙の本なんて珍しくなりましたし、骨董品としての価値ぐらいしかありません。でもあたしはその方に相応しい『お話』を選んで差し上げることで、お客様に本のほんとうの存在価値を思い出していただいていたのです」
老婆は饒舌だったが、おれは止めずにいた。止めない方が良いと思っただけだ。
「でもそれが、あのサーバー管理会社のおかげで全部駄目になってしまいました」
「ほう」
「商売柄お客様の情報をたくさんお聞きしなければなりません。単なるプロファイルだけでなく、お客様の心のよりどころとか、好きなものとか、お客様にとって大切な情報をできるだけたくさん」
「それが漏洩した、というわけか」
老婆は頷いた。うまく言葉が出てこないようだった。
「サーバー管理会社は何て言ってる?」
「・・・新しく配ったCGIを使ってください、それだけなんです。わたしは正直そんなもの見ても何もわかりませんし、何がどう悪くて情報が漏れたのか、これからどうしたらいいのか、何もわかりません・・・」
そう言ったきり老婆は下を向いて黙っている。少し震えているように見える。
好きな商売を奪われた老婆に同情しているヒマは無い。おれはプロとしてやれることをやるだけだ。例え商売に失敗した老婆からであろうと報酬をもらって。
だがやるときは徹底してやる。
・・・なんちて(笑)。